コロモヘン便り

日日是好日。日々のこと、時々イラスト載せたりします。

すべてが用意されているゼロポイントにつながる生き方

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 自分がどんな意識を持つかで起こる現象が変わる。

 

 今回も村松大輔さんの著書を読みました。量子力学って奥深くて面白いですね、夢中で読んでしまいました。

 素粒子は人間、動物、魚、植物、鉱物、空気、水、あらゆるものが素粒子でできています。素粒子にはいくつかの種類があり、中でもフォトン(光子)は光を構成する素粒子で、「意識」や「感情」の正体はこのフォトンなのです。

 フォトンにはいくつか性質があって、そのひとつは「粒でもあり波でもある」です。粒は上記のようなことです。波は周波数(振動数)です。テレビを見る、ラジオを聞く、ユーチューブを見る、インターネットで検索するなど。その周波数に合わせるから見る、聞くことができて、知りたい情報を得ることができる。ラジオでチューニングするというのが分かりやすいですね。聞きたい放送局に周波数を合わせるとクリアに聞こえますが、ズレてしまうと雑音が入って聞きづらくなってしまう。

 人をラジオに例えると、放送局は知りたい情報、出会う人、起こる事象、感情などです。自分の発している意識の周波数のものごとを拾っているので、たとえ同じ場所にいても違う意識の周波数を発していれば見える感じる事柄が違ってくる。聞いている放送局が違うため起こるのです。

 どういう周波数帯で存在したいかで自分の世界が変わります。「豊かだな、ありがたいな、幸せ」と思って日々過ごすのと、「何もない、苦しいな、最悪だ」と思って日々過ごすのとでは、気持ちも起こる現象も全く変わってきます。

 自分が発した周波数を引き寄せているだけなので、「引き寄せの法則」は皆さん常に発動しているというわけです。良いことだけを引き寄せるのが「引き寄せの法則」ではないということです。良いとか悪いとかの概念ではなく、自分がどう意識したのか、の結果なんだと分かると「引き寄せの法則」は平等に存在していたのだと思い安心しました。

 今、どんな意識、感情を発振していますか?

 職場の苦手な人、業務の嫌なことばかりに目がいっていたので、まんまと「苦手、嫌だ」というフォトンを飛ばして、苦手、嫌なことを引き寄せていました。これではいかんと最近は、ノートに人や仕事の良い面を書き出したり、ネガティブなことがあったおけげで、気付いたことを書くようにしています。あと、嫌な気持ちが湧いてきても否定するのではなく、受容して認めることを心掛けています。なかなかおろそかになっている、自分を大切にする。これが難しいです。分かってはいるけど、つい頑張って無理してしまう。こういう自己犠牲とか他人からどう見られているかなどの意識は物質的なので、ゼロポイントフィールドからの流れが途切れてしまうと書いてありました。

 本の表題でもある「ゼロポイントフィールド」あまり理解できませんでしたが、毎瞬毎瞬すべてのものが生み出されており、素粒子も生み出されているそうです。根底は私もこれを読んでくださっている皆さんも素粒子なので、ミクロの世界で見ると粒々なのです。私は何となくひとつなんだなと解釈しました。その粒が同じ周波数と常に引き合っている。高めるも低めるも、どうジャッジするかは誰発振ではなく自分次第ということになります。

 最後に、今、どんな意識、感情を発振していますか?

 次はこちらを読んでみたいです。

床屋やっさん

※話の内容はあくまで子供時代の私視点の解釈です。事実とは異なることがあります。まずはご理解の上ご一読ください。

※やっさんとゆりちゃんもご理解よろしくお願いします。

 

 

 私は生まれた時からほぼショートヘアだ。

 髪が目にかかってくると予告もなく父が髪を切ろうと言ってくる。すぐ行動する性分なので床屋セットのカットバサミ、スキバサミ、コーム、ヘアキャッチケープとイスが玄関に用意された。

 この光景は昭和生まれの人間ならずも現代でも通る道ではないだろうか。否応なく床屋やっさんが開店する。素人なので上手下手ではなく、いかに髪が顔や目にかからないようにすっきりと仕上がることに重きを置いている。コームで髪をとかしながら切っていく。ハサミの動きに迷いがない。素人なのにこの醸し出す余裕綽々な雰囲気は何なのだろう。その雰囲気に乗せられ、私もデンと構えて委ねることができた。私が終わると妹の番になり、同じへスタイルが増産された。

 ヘアスタイルは決まってマッシュルームで、お椀を頭からかぶせて縁に沿って切ったようなスタイルだった。前髪やサイドに左右差があると今ならアシンメトリーでおしゃれとして通用するが、その当時の子供の頭にアシンメトリーはもはや失敗でしかない。私の場合まだおしゃれに目覚めておらず、鏡を見る習慣もなかったので特に気にしていなかった。

 しかし、ある時から床屋やっさんを利用しなくなっていた。私が拒否したのか、成長していく娘への配慮なのか、理由は定かではない。そこから私の髪は肩まで伸びた。それが小学4年生の三学期で最高記録だった。前髪は母が切ったり自分で切ったりした。

 小学5年生になり、研修旅行に行くことが決まると、髪の長い女子は切るように促された。お風呂も時間などが限られているため髪が長いと、洗う、流す、乾かすといった工程で時間がかかってしまうからだ。そこで私はついに母に付き添ってもらって美容室デビューを果たした。当時の小泉今日子がドラマでしていた刈り上げショートヘアにしてもらった。1年半ぶりくらいにショートにするとやっぱりこれだねとしっくりきた。6年生なり、また肩まで伸ばしていたが、中学校の校則で髪が肩にかかってはいけないという理由で短くした。

 そこからはベリーショート、ショートボブ、マッシュと転々とショートヘアを渡り歩いた。ここ最近は面白がって刈り上げとパッツン前髪といった、顔骨格診断であなたの骨格では似合わないと言われたことのある、幼い感じのヘアスタイルに挑戦中だ。しかしこれが一部の方に好評で私自身過去一番で気に入っていたりする。心なしか父の床屋時代のヘアスタイルにも似ていて、潜在的にこれを求めていたのだろうかと思う。そして私らしいとも思う。

ゆりちゃんの朝活改め宗活

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※話の内容はあくまで子供時代の私視点の解釈です。事実とは異なることがあります。まずはご理解の上ご一読ください。

※やっさんとゆりちゃんもご理解よろしくお願いします。

 

 

 我が家は父も母も信仰心が薄いせいか初詣やお墓参りを家族で行った記憶がない。行っていたかもしれないが記憶にない。意識的にお墓参りに行くようになったのは母が亡くなってからだ。仏壇に手を合わせるのも、お供えするのも、お経を読むのも、死にまつわるものはすべて母の死がきっかけだった。神社も然り、見えないものに対して手を合わせる意味が分からず、むしろその行為に言いようのない違和感と羞恥心を抱いた。そのくらい信仰心が薄っぺらだったので、お宮参り、七五三参りなどの幼少期の神社仏閣関連は父方の祖父母、特に祖母が筆頭頭として出しゃばっ、いえ、率先して動いてくれた。

 父方の家は菩提寺の役員を引き受けるくらい信仰心が厚かった。それを物語るかのように家の敷地に祠がある。高さ50㎝、直径2mほどの小高く土を盛った石垣の中心に榊が植えてあり、その手前に瓦素材でできた祠が置かれていた。

 私の住む地域には父方の姓と同じ家が数軒ある。その姓の一族のために作られた祠だった。どういう理由でその祠が建てられたかは知らないが、そのくらい信仰心が厚い家だった。

 私が3、4歳の頃、妹の喉に魚の骨が引っかかったことがきっかけで、その信仰心に温度差を感じたことがある。祝いの席だったのか我が家に曾祖母が来ており、それを聞くや否や台所の神棚に手を合わせ拝み始めたのだ。その後ろには泣いている妹を抱っこした母が立っていた。おそらく魚の骨を取ってくださいと神さまにお願いしていたのだろうが、当時の私はそんなことで骨が取れるのかと不思議でたまらなかった。謝って済むなら警察はいらないのと同じで、拝んで済むなら病院はいらない。手を合わせて祈ることへの違和感や羞恥心を抱くようになったのは、確実にこの体験があったからだ。

 神さまに守ってくださいとお願いすることが曾祖母にとっての正義であり思いやりだったのだろう。今なら誰かのために手を合わせ祈ることができる曾祖母は慈愛に満ちた人だと思う。だけど同時にまず、病院に連れてったげてとツッコミたくもなった。幸い、魚の骨はその後自然に取れた。きっと曾祖母の祈念が神さまに届いたおかげだろう。妹を助けてくれて小さいおばあちゃんありがとう。

 そんな信仰心薄っぺらの我が家にある日新しい風が吹いた。

 小学4年生の夏から秋になろうとしていた頃。母が姉弟3人をリビングに呼び、まっ黄色のハードカバーの本をひとりずつ渡した。厚さ2㎝ほどで赤い字で表題が印刷してあった。今日からこの本で一緒に勉強しようと言い、母が本を開いた。新しい匂いのする本はどんな内容でもあれなぜかワクワクするものだ。母に続いて何の疑いもなく私も本を開く。美しい挿絵がまず目に入った。絵本にしてはやけに人物や生き物や景色がリアルに描かれており、外国の本のような印象を受けた。表題は確か、「子供のための聖書~」という書き出しだった。

 母は勉強をする理由もそこそこに初めの章を読み始めた。漢字にルビが振ってあったので目で追っていく。聖書の初めの章である創世記だった。私はそれが宗教だとは気付かず、ただの絵本の読み聞かせで娯楽としか捉えていなかった。ましてやそれが後々信仰心薄っぺら一家を翻弄しようとは露知らず。

脱マスク生活に向け黒糀甘酒を作る

 食べたもので身体は作られる。心も食べたもので作られていると感じる今日この頃。

 この前購入した黒糀で甘酒を作りました。coromohen.hateblo.jp

 昨日、視覚から膝落ちしてしまった話をします。

 子供向けのイベントで、缶、ペットボトル飲料やスナック菓子にどのくらいの糖分、油分が含まれているのかを数値化して、イラスト付きのパネルで分かりやすく表示してありました。通りすがりにちらっと見ただけなので銘柄は不明確ですが、参考程度にご紹介します。

 ペットボトル飲料500㎖の中に含まれている糖分、シュガースティック12本分。スナック菓子に含まれている油分、20g。およそティースプーン5、6杯分。どの商品もスーパーやコンビニで見かけるものばかりで、爆食モンスターになっていた数週間前によく食べていたものもありました。

 話ではよく耳にしますが、このようになじみのある商品を数値化することで、ズドンと嫌でも脳裏に焼き付いてしまいます。陳列してある商品棚を見るとシュガースティックや油の入ったティースプーンのイラストがデーンと立ちはだかって見えてしまう。

 これから暑い季節がやって来ると、どうしてものど越しさわやかな炭酸飲料や甘いジュースをグビグビいってしまいたくなる。スナック菓子は新商品が出るたび、どんな味なん?と思って手に取って見るし、手に取ったら最後、レジに向かってしまう。

 ストレス、疲れの捌け口に暴食爆食を繰り返し、胃袋だけ満たし心は満たされていませんでした。枯渇した口と体内に食べ物を詰め込んで、欲望のままにお腹を満たしてあげることで心にも寄り添った気分になっていました。今まで過去何度となくそうやって自分を無視した行動をとってきました。本当にごめんなさい。心には食ではなくしっかり耳を傾ける時間が大事です。今少しずつそれにも取り組んでいます。

 年末年始に体と心に良い生活をしたい、戻したい欲が高まってくるも、今までの習慣の癖が抜けず、もうちょっと、もうちょっと、とズルズルしてしまい甘えてしまいました。しかしそんな私に喝を入れるかのように訪れた「マスク着用は個人の判断で」(←歯切れ悪い)元のノーマスク生活に戻ろうとしています。今までマスクでごまかしていた不摂生の成れの果てを公衆に晒す日が近付いてきました。恐ろしい反面、そのおかげでより決意が固くなりました。

 1カ月前、このブログの開始と共に糀生活も始めました。甘酒、塩糀、玉ねぎ糀。甘酒はこれまた同時期に始めた青汁に加えて飲み、塩糀と玉ねぎ糀は料理や納豆のタレの代わりに使っています。毎日のようにスイーツやスナック菓子に手を出す頻度も減り、買ってしまう、食べてしまうという罪悪感からも解放され気分的に楽です。

 今回作った黒糀は疲労回復に良いクエン酸も含まれています。酸味のある甘酒、一体どんな味なのでしょうか?豆乳で割ればラッシーにもなるようです。ひゃー楽しみ。

 水分含んでフワフワになっていました。混ぜるとジワーっと瑞々しく。

 2時間ごと混ぜるたび、糀が溶けてサラサラになってきました。

 黒甘酒の味は、白甘酒ほど甘みが強くなく、糀独特の後味と酸味がとても合っていておいしいです。白甘酒よりも黒甘酒の方が好みです。

 豆乳で割ってみました。

 豆乳を入れるととろみがついて飲むヨーグルトみたいです。フルーツやオートミール入れてもおいしそう。これなら毎日続けられそうです。

 変化が見られたらまた報告します。

進撃の巨人×占い

www.vivi.tv

 いよいよ「進撃の巨人」完結編の前編放送されました。思えばニコ動で主人公が巨人になった回が初見という何!何。何?の始まりでした。しかも消せばいいのに、コメントでネタバレが右から左にまさに流出している中のエレン巨人化。今となってはいい思い出です。これほどハマったアニメはありません。

 進撃の巨人て様々な企業様とコラボしているようですが、(日清さん、資生堂さん、サンリオさんなど)今回、生年月日と出生時間を入力すると、進撃の36人キャラクタータイプから誰に近いか占ってくれるサイトを見つけました。プロの占い師さん監修です。

 ちなみに私は「エルヴィン・スミス」でした。

優れた統率力をもつ名将タイプ
最後までやり抜く前進力が収穫を生む

たぐい稀な統率力で調査兵団を指揮するエルヴィン団長。戦況を見る分析力にも優れ、瞬時に判断を下す決断力もあり、不屈の精神と勇気で隊を率いていきます。絶体絶命のときでさえ決して諦めず、みんなを鼓舞して自ら先陣を切って敵に向かっていきました。
このタイプになったあなたも、エルヴィンのような天性のリーダーシップを秘めています。すでに友達や部活などのグループでリーダー的な役割を担っていたり、仲間が頼りにする存在だったりする人もいるでしょう。エルヴィンの場合、その原動力となっているのは子供の頃に父親から聞いた巨人の謎でした。どうして巨人が誕生したのか真実を知りたいという、その気持ちが彼を突き動かします。
あなたの中にも「本当のことが知りたい」「真理を追求したい」という願望が潜んでいそう。謎解きが好きだったり、未知の世界に興味があったりしませんか? そうした何かの真実や真相を突き止めたり、研究するような仕事についたりすると、あなたの能力は大きく開花するはずです。

さらに、このタイプは一度やると決めたからには中途半端なことはせず、最後までやり遂げるという意志の強さと覚悟をもつことが、人生を切り開く力となります。
エルヴィンはどんなに困難な戦いでも、「進め‼︎」と号令をかけ続けました。このタイプになったあなたも、どんな小さなことでも一度やると決めたことは覚悟をもってやり遂げること。少々の試練があっても、あなたならエルヴィンのように乗り越えるだけの力をもっています。それができて初めて自分の納得のいく人生を歩むことができるでしょう。

 いやー、名将ではないですが、興味のあること知りたいことは突き詰めることあります。未知の世界、量子の世界好きです。最後までやりきる。やりきりたいですね。「進め~」って自分に言いたいです。進め~!って。

 職場の人にやってもらったら彼女は「ハンジ・ゾエ」でした。私たち最強じゃんって盛り上がりました。さぁリヴァイは誰だ!

やっさんバスの運転手になる

※話の内容はあくまで子供時代の私視点の解釈です。事実とは異なることがあります。まずはご理解の上ご一読ください。

※やっさんとゆりちゃんもご理解よろしくお願いします。

 

 

 話は前後するが、私が5、6歳の頃、父が材木を運搬するトラック運転手からバスの運転手になった。

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 一度母と一緒に同行したことがある。

 まだ日の昇っていない早朝、お昼のお弁当を持参しトラックの狭い後部座席に乗せてもらった。座席にはベージュの毛布がたたんで置いてあり、まだ肌寒い季節だった。

 初めての大きなトラック、いつもなら夢の中にいる時間帯に父と母とそのお腹には妹がいた時期だろうか、そして1歳の私。トラックの中が幸福感と安心感に包まれているような感覚がして、ただ材木を運搬するだけなのに幼い私はワクワクした。

 父が亡くなって気付いたことだが、私は父が運転する車に乗るのが好きだった。さすが小学生の頃から運転しているだけあって安定していた。息をするようにとはまさにこのことを言うのだと思った。ゆるやかな発信と停車が心地良く、長距離ドライブはもちろん、駅までの送迎、買い物の短いドライブも私には至福の癒しだった。なのでそんな父から、運転免許を取得した時に筋がいいと言われた時はとてもうれしかった。ただ車の運転は好きではなく逆にストレスを感じるようになったので、今は車を手放し、ペーパードライバーになっている。いつかまた必要に迫られたら教習所の門を叩こう。

 話は戻り、トラック運転手から夢だったバスの運転手に転向する。父からすればトラックからバスに乗り物が変わっただけのことかもしれない。人の懐に入るのが上手な父なので、お客さんとのコミュニケーション必須のバスの運転手はまさに天職のように感じた。

 私と妹が小学生に、弟が保育園に通うようになった頃、秋の遠足で父のバス会社を利用することが増えた。「今年は何年生のバスを運転するで」という話題が毎年繰り広げられた。妹と弟の乗るバスを父は何度か運転したことがある。私は内心うらやましかった。今年こそは、今年こそは絶対!と思ってもなかなか叶わなかった。

 小学4年生の時、隣町のレンゲ祭りのシャトルバス運行で、父も一員として業務にあたることが決まった。母と私たち姉弟、父の妹とその子供2人計7人で祭りの帰り、シャトルバスに乗った時、なんと父が運転席に座っていた。初めて父の運転するバスに乗った時のうれしいようで気恥ずかしい感じが忘れられない。

 町役場の臨時バス乗り場に到着し、バスの前方の扉に向かう。父が下車する子供たちに手を振っていた。家で見ることのない父の一面を見て少し遠い存在に思えたが、それと同時に、「私のお父さんが運転したんよ!」と誇らしげになり自慢したくなった。

 その翌年、5年生になり、待望の秋の遠足でついに見事、父の運転するバスに乗ることが決まった。クラスのみんなにはもちろん友達にも秘密でバスに乗り込んだ。今まではただの遠足だったのに、父が運転するバスというだけでこんなに気分が高まるのか、と思った。しかもそれを知っているのはこの中で私たったひとり、秘密を独占している。この背徳感が気分の高まりにいいスパイスとなって刺激した。みんなに教えたいけど教えたくない、教えてしまうと父が私だけのものじゃなくなってしまうような、喜びが半減するような、夢が覚めるような気がした。

 しかし、何かのタイミングで帰りの道中、担任と隣のクラスの担任にばれてしまった。「何で早く言わんの?」と大人の社会のルールに反した行動をとがめられ、そこで秘密の独占が終わりを告げた。ちょっぴり苦い思い出となった。

 それ以降は学校行事でもそれ以外でも父の運転するバスに乗ることはなくなった。妹と弟は結構な頻度で乗っていたので、その差に嫉妬をしたことがある。その当時はその感情がよく分からなかった。しかしそれは私が父のことを大好きだと証明しているに他ならない事実だと、今更ながら気付いてしまった。

今の私と過去の私のイメージ画像

 この回想録がきっかけで記憶をたどっていくと、ちょっと離れた距離で幼い女の子を俯瞰で観察しているのが、退行催眠をセルフでしているような感覚と似ているような気がした。彼女の感情に寄り添ってこうだったな、あぁだったなと過去へタイムスリップする。辛いと思っていたことも拾うとギフトだったりした。もっと早く始めればよかったと後悔した。記憶がこれ以上薄れる前に自分と過去と向き合う作業は続く。

健やか康らか 

 ここ半年、過去1番と言っても過言ではないくらい暴力的な食欲に感情を支配され、欲するがままジャンクフード、スイーツ、スナック菓子を胃袋に詰め込む生活を送っていました。胃袋が満たされてもまだ手と口が止まらない。

 今までは生理前の一定期間に過食に走ることはありましたが、生理が始まると自然と治まるので気にしていませんでした。この半年に至っては、軽度の食物依存症状態だと思われます。

 そんな中、友人とランチに出かけた際立ち寄ったお店で糀の甘酒をいただきました。クランベリー入りで甘酸っぱくて何杯でもいけそうなほどおいしかったです。今日、ちょうどそのことを思い出し、このお店に寄り、初めての黒糀を購入しました。次の休みの日に甘酒を作るのが楽しみです。

 これでも2年前までは糀を始め、いろいろ健康や肌にいいことを試しまくっていました。振り返ってみますと、肌断食、16時間断食、干し野菜、動物性食品不摂取、白砂糖糖分不摂取、化学調味料不摂取など、興味、話題になったものは試しました。肌がきれいと褒められたこともありますし、私自身、鼻の毛穴詰まりがなくなりキュッと締まったと確信した過去がありました。今現在不摂生のため、元の木阿弥ですが。

 今挙げたものでどんな効果があったかざっくりと書きます。

  • 肌断食。単体では正直効果はないと思います。やはり内側からのケアも必要と学びました。
  • 16時間断食食べることが好きな人には忍耐がいりますが、目に見えて体の変化がみられます。お腹やお尻のお肉が気付いたら減っていました。夕食後のスイーツ、お菓子を食べている方はやめるだけでも効果絶大だと思います。もちろんアルコールも。
  • 干し野菜。栄養価が上がるということに期待をして始めましたが、途中から干し野菜の食感がくせになり、たまに白菜、ナス、根菜類を干して食べています。健康効果は分かりません。ただ味が濃縮されてとてもおいしいです。2月にミニトマトをカットしてズボラに放置していたら、1週間ほどでソフトドライ状態になり、スクランブルエッグにして食べました。甘すぎて私の口には合いませんでしたが、濃縮した味に改めて感動しました。
  • 動物性食品不摂取。YouTubeヴィーガンの方が薦めていた映画を見たのがきっかけです。こちらは環境問題や動物虐待の観点から食べるのを控えるようになりました。幸いコロナで自粛期間が始まった時期は全く問題なかったのですが、ご飯に誘われるようになりだしてから、フレキシタリアンというフレキシブル、柔軟に切り替え、外食やテイクアウトはOKにするというマイルールを決めて動物性食品を摂取する生活をしています。飲食店によっては素材を厳選して仕入れているところもあるので、そういうお店を選んで行ったりします。最近では近所のスーパーでも代替肉の商品が並び、飲食店でも大豆ミートヴィーガンメニューが増えたので見つけては食べに行っています。
  • 白砂糖糖分不摂取。「体の焦げ」しわ、くすみ、シミが現れるというのを目にしてやめました。最初のうちは甘いものを体と心が求めるので辛いのですが、しばらくすると甘いものが欲しいと思わなくなりました。まさか甘いものに目がない私にこんな日が来るとは驚きです。毛穴トラブルは砂糖控えてから軽減していったように思います。でも一度甘い物を摂ると欲求はムクムク復活します。某ワッフル屋の誘惑は罪レベルです。誉め言葉です、大好きなので。
  • 化学調味料不摂取。外食、中食(惣菜、お弁当)、内食(家でご飯)すべて無いものを選ぶのは大変だし難しいので、極力避けられるものは避けるようにしています。醤油や塩や顆粒出汁など日常使う調味料は自然素材のものを購入しています。こちらもフレキシブルです。味付けの濃いスナック菓子を意識的に摂らなくなってからはむくみが軽減し、体が軽くなりました。

 思想も体質も生活環境も違う個人の感想なので参考程度に読んでいただけたらと思います。今後も興味を惹くものがあれば試していきたいです。

 

 今はありがたいことにブロブが趣味になりつつあります。夢中で文章を下書きしていると食べることを忘れるので、これ好機と捉え、体にいい生活に戻していこうと思います。ただ、疲れるとついついお菓子を手に取ってしまうので、

  • 仕事のある日でお弁当の日は財布を持たない。
  • お弁当を作れなかった日は1,000円持参する。
  • 出たおつりでお菓子スイーツOK。使わなければ尚良し。
  • 不意の出費を考え財布は持ってい行くが、リュックの奥にしまって忘れ去る。

 これをまずゲーム感覚で楽しんでやってみようと思います。こうやって公言すると意識も変わるかなと期待を込めて。